量的研究と質的研究は、しばしば対立するものとして語られます。数字か言葉か、一般化か個別か、客観か主観か。確かに、二つの研究には多くの違いがあります。
一方で、どちらにも共通する一点があると感じています。それは、最終的には研究者自身の判断が重要になる、ということです。
統計も「自動的に答えを出す」わけではない
量的研究は、客観的で機械的な手続きだと思われがちです。データを入れれば、統計ソフトが結果を出してくれる——そんなイメージがあるかもしれません。
でも実際には、量的研究のいたるところに研究者の判断が入り込んでいます。どの変数を分析に入れるか。どの統計手法を選ぶか。有意差が出たとして、それを臨床的に意味のある差と見なすか。モデルの当てはまりをどう評価するか。
統計は、研究者の判断を肩代わりしてはくれません。数字は、解釈されてはじめて意味を持つものだと思います。確かに統計の知識は解釈において重要ですが、臨床的な判断は研究者の立場から決定するべきです。
質的研究における判断
質的研究では、研究者の判断はもっと前面に出てきます。
インタビューのどの語りに着目するか。どんな概念名をつけるか。複数の語りをひとつのカテゴリーとして束ねてよいか。こうしたコーディングや概念生成の一つひとつが、研究者の解釈にもとづいています。
ここで気をつけたいのは、「綺麗にまとまった分析」が必ずしも正しいとは限らない、ということです。整然とした結果図や、過不足なく並んだカテゴリーは、見た目には美しい。でも、その美しさが、データの複雑さや矛盾を切り捨てた結果として生まれていることもあります。
「確からしさ」を多方面から検討する
では、研究者の判断が避けられないのなら、その判断をどう確かなものにすればよいのでしょうか。
大切なのは、ひとつの指標や手法に頼るのではなく、確からしさを多方面から検討することだと感じています。質的研究には、それを支えるいくつかの考え方があります。
ひとつはトライアンギュレーションです。これは、二つ以上の異なる手法や視点から、その確からしさを高める方法です。
もうひとつは再帰性(reflexivity)です。今福(2021)は、質的研究において「研究者自身が最大のツール」であり、自分がどのような立場から現象を解釈しているのか、その影響を自覚的に記述することが鍵になると述べています。要するに、「自分の見方の癖」を自己認識しながら分析する姿勢です。
さらに、厚い記述——観察可能な行動だけでなく、文脈と関連づけながら、その現実に対する意味づけや価値観を詳細に描くこと(今福, 2021)——も、確からしさを支える営みのひとつです。
これらに共通するのは、「一方向からの確認で満足しない」という態度です。どれも一人の研究者で対応するのは困難だと思います。自分が実施している分野に詳しい研究者と協力して分析する必要もあります。
おわりに
研究の誠実さは、「迷いのなさ」に宿るのではないのだと思います。むしろ、どれだけ多くの角度から確からしさを検討したうえで判断を下したか——そこにこそ、研究の質が表れるのではないでしょうか。
そしてこれは、研究だけの話ではないようにも感じています。臨床で患者さんの状態を評価し、方針を判断するときも、ひとつの検査値や印象だけに頼るのではなく、いくつもの情報を照らし合わせて考える。綺麗な答えを急ぐのではなく、確からしさを多方面から検討する。その姿勢は、研究と臨床に通じているのではないかと感じています。
→ 質的研究の妥当性とトライアンギュレーション
→ オープンコーディングと選択的コーディングとは——GTAの分析手順を整理する
参考文献:
今福輪太郎(2021).「質的研究を実施するうえで知っておきたい基本理念」.『薬学教育』第5巻. doi: 10.24489/jjphe.2020-002.



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