質的研究を進めているとき、こんな不安を感じることがあります。「このデータの解釈は、私の思い込みになっていないだろうか」「少人数のインタビューから得た結果に、どれだけの説得力があるのか」——。
量的研究であれば、統計的有意差や再現性という形で妥当性を示せます。でも質的研究にはそういった指標がなく、「妥当性をどう示すか」という問題は、研究を進める上でつまずきやすいところのひとつです。
今回は、ヘルマン著『ヘルマン医療人類学』(金剛出版、2018年)をもとに、質的研究の妥当性を高めるための2つのアプローチを整理してみます。
医療領域で特に問われる、質的研究の妥当性
質的研究の妥当性をめぐる議論は、医療の世界では特に切実です。
医療・看護・リハビリテーションの領域では、EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)の考え方が根強く浸透しています。EBMの文脈では、ランダム化比較試験(RCT)やメタ分析が「エビデンスの最上位」とされることが多く、少人数のインタビューや観察を基盤とする質的研究は「エビデンスとして弱い」と見なされがちな側面があります。
しかし質的研究が問うのは「どのくらい効果があるか」ではなく、「なぜそうなるのか」「その人にとってどういう意味があるのか」ということです。患者さんの体験や語りの意味、臨床現場の複雑な文脈を理解するには、質的なアプローチが不可欠な場面がたくさんあります。
だからこそ、「この研究は信頼できるのか」という問いに対して、質的研究独自の論理で妥当性を示すことが求められます。量的研究と同じ尺度で評価することはできませんが、だからといって妥当性を示さなくてよいわけではない——この緊張関係の中に、質的研究の難しさと面白さがあると感じています。
トライアンギュレーション——複数の視点で照らし合わせる
妥当性を高める方法のひとつが、トライアンギュレーション(三角測量)です。
これは、二つ以上の異なった手法から得られた知見が一致したとき、そのデータの妥当性が高まるという考え方です。一つの方法だけで得た結果は、その方法固有の偏りを含んでいる可能性があります。しかし、まったく異なるアプローチから同じ方向の結論が導かれるなら、その結果には説得力が生まれます。
測量になぞらえると、1点だけの観測では位置を正確に特定できませんが、離れた複数の地点から計測することで初めて精度が上がる——トライアンギュレーションはその発想を研究に応用したものです。
具体的な活用例としては、インタビューだけでなく観察記録や文書資料も組み合わせて、それぞれから得た知見が重なるかどうかを確認するという方法があります。また、複数の研究者が独立して同じデータをコード化し、互いの解釈が一致するかを照合することも、この考え方の一形態です。
厚い記述——透明性が妥当性をつくる
もうひとつのアプローチが、「厚い記述(thick description)」という考え方です。
これは文化人類学者のクリフォード・ガーツが提唱した概念で、行為の表面的な記述だけでなく、その文脈や意味も含めた重層的な記述を指します。質的研究においては、単に結果を報告するだけでなく、研究者自身の立場・使用した研究手法・調査が行われた時期・場所・状況を詳細に記述することが求められます。
こうした透明性の高い記述によって、読み手は研究結果の妥当性を自分で判断し、その結果がどのような条件のもとで生まれたものかを評価できるようになります。
「私がどんな立場で、どんな状況で、どんな方法でこの研究を行ったか」を丁寧に書き記すこと——それ自体が妥当性の根拠になるのです。
臨床研究・実践への接続
リハビリテーション領域で質的研究を行う場合も、この2つのアプローチは実践できます。
たとえば患者さんへのインタビュー研究であれば、複数のセラピストが独立してカテゴリーを生成し後で照合することがトライアンギュレーションになります。また、研究者である自分がどんな臨床経験を持ち、どんな価値観を持ってこの研究に臨んでいるかを「研究者の立場(positionality)」として明記することが、厚い記述の一形態です。
妥当性を示すことは、研究の「完璧さ」を証明することではないと感じています。「私はこのようにして、できる限り誠実にデータと向き合いました」という研究プロセスの透明性こそが、質的研究における妥当性の本質なのではないでしょうか。
→ 質的研究の困難さ
→ 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)
→ リハビリテーション分野と質的研究
参考文献
- C.G.ヘルマン(著)、辻内琢也・牛山美穂・鈴木勝己・濱雄亮(監訳)(2018).『ヘルマン医療人類学』. 金剛出版.


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