その人にとってのウェルビーイングとは——リハビリの関わりの中で

その人にとってのウェルビーイングとは——リハビリの関わりの中で 内省・関わり

その人にとっての幸福を取り戻すために何ができるだろう。

リハビリテーションに関わっていると、ときどきそのようなことを感上げウロ機があるのではないでしょうか。そして、その幸福を感じられるように本当に役に立てているのか、自信がなくなる時があります。

歩けるようになること、身の回りのことが自分でできるようになること。そうした機能の回復を目標に、私たちは日々のリハビリを組み立てています。でも、機能が回復することと、その人の暮らし全体が満たされることは、必ずしも同じではないのかもしれません。完全に機能を改善することは難しいかもしれませんが、医療者の中では十分に回復したはずなのに、どこか晴れない表情の患者さんに出会うたび、そんなことを考えます。


ウェルビーイングとは

こうした「心身や生活全体が満たされた状態」を表す言葉に、ウェルビーイング(well-being)があります。直訳すると「良好な状態」「満たされた状態」という意味です。

この言葉が初めて登場したのは、1946年に設立された世界保健機関(WHO)の憲章の中です。そこでは健康を定義する言葉として使われ、単に体が健康であることや、楽しい・嬉しいといった一時的な感情だけでなく、心身や社会生活のすべてが満足感に包まれている状態を指していました(前野, 2023)。

つまりウェルビーイングは、病気や障害がないことだけを意味するのではありません。その人が、その人として満たされて生きているか——そこまでを含んだ、広い「幸福」の概念です。


ウェルビーイングを支える4つの因子

このウェルビーイングを考えるうえで、とても参考になる研究があります。慶應義塾大学の前野隆司氏による「幸福学」です。

前野氏は、人と比べることで得られる満足(地位財による満足)は長続きしない一方で、人と比べる必要のないもの(非地位財による満足)は長続きすると述べています。そして、その長続きするウェルビーイングの心的要因を分析して見出されたのが、4つの因子です(前野, 2023)。

ひとつ目は「やってみよう因子」。夢や目標を持ち、自己実現と成長に向かう力です。ふたつ目は「ありがとう因子」。多様な人とのつながりと、感謝の気持ちです。みっつ目は「なんとかなる因子」。前向きで楽観的な姿勢です。よっつ目は「ありのままに因子」。人と比べず、自分らしくあろうとする独立の心です。

要するに、夢や目標を持ち、多様な仲間と助け合い、前向きかつ自分らしく生きる人は、満たされた状態にある、ということです。


リハビリの関わりの中で

注意するべき点は、これらの因子は、セラピストが患者さんに与えたり、つくり出したりできるものではない、ということです。ウェルビーイングは、あくまでその人自身のものです。私たちにできるのは、その人と関わることだけだと思います。

「もう一度、孫と散歩したい」という目標を患者さんが語り、一緒に歩行練習に取り組む時間。そこには、その人自身のやってみようという挑戦する気持ちが芽生えてくるはずです。

リハビリの中で言葉を交わし、「ありがとう」が自然に行き交う時間。それは、患者さんとセラピストのあいだに生まれるありがとうのつながりです。

回復が思うように進まず不安を抱える患者さんが、何かをきっかけに楽観的になることができた時。そんな患者さんをみて、私はなんとかなるの気持ちに触れているように感じます。

麻痺が残った手を無理に「治す」のではなく、その手とともにどう暮らしていくかを一緒に考える時間ができた時。そこには、その人のありのままを大切にしようと奮闘している患者さんを感じることができます。


与えるのではなく、ともにいる

これらは、セラピストが因子を「支えている」というより、患者さんが生きている時間に、私がたまたま居合わせている、という方が近いのかもしれません。

私自身は「機能の回復」という目標にばかり目を向けていて、そうした関わりの中に、その人自身のウェルビーイングの動きがすでに流れていることに、十分気づけていませんでした。4つの因子という言葉は、そのことを思い出させてくれました。

その人にとっての「幸福」に寄り添えているか自信がない——そう感じるとき、大切なのは、ウェルビーイングをどうにかしてあげることではなく、ただその人と一緒に考えていくことだと思います。


おわりに

機能を取り戻すことと、その人のウェルビーイング。この二つは、別々のものではなく、どこかで重なっていることは確かです。

歩行練習という一場面の中にも、その人の目標があり、つながりがあり、気持ちの葛藤があり、その人らしさがある。機能回復に向き合う時間は、その人が満たされて生きていく時間と、地続きなのかもしれません。

その人にとってのウェルビーイングとは何だろう——この問いを手放さずに、ただ関わり続けること。その積み重ねの先に、寄り添うということがあるのではないかと、私は思います。

「なんでかはわからないが、よくなったのは確か」——疾患と病い、二つの「治る」


参考文献:
前野隆司(2023).「Well-being(幸せ,健康,福祉)の現在と未来」.『作業科学研究』17(1), 41-42. DOI: 10.32191/jjos.17.005

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