内省・関わり

内省・関わり

研究と臨床は、遠くない——「知る」と「検証する」という共通の問い

研究をしていると、ときどき考えることはありませんか。「これは、臨床から離れた作業になっていないか」と。データを集め、分析し、論文を読み込む時間が続くと、患者さんのいる場所とどんどん遠ざかっているような感覚に陥ることがあります。私自身、研究と...
内省・関わり

なぜ医療者にプロフェッショナリズムが必要なのか——「信頼するしかない」という関係の重さ

「先生のことを信じるしかないですから」ある患者さんの言葉です。笑顔で、でもどこか諦めのような印象を受けました。その言葉を聞いたとき、私は違和感を感じました。「信じてもらえている」という安心感ではなく、「信じるしかない」という言葉に思ったので...
内省・関わり

「よくなっていますよ」が届かないとき——病いが人生の物語を断ち切るということ

「よくなっていますよ」と伝えたとき、患者さんの表情がほんの少し曇ることがある。数値は改善しているのに、なぜその言葉は届かないのか。医療社会学者Michael Buryの「伝記的断絶(biographical disruption)」という概念を手がかりに、患者さんが感じている「すれ違い」の正体を考えます。
内省・関わり

「この患者さん、なんか苦手かも」と感じたとき、立ち止まれているか

「この患者さん、なんか苦手だな」——そう感じた瞬間、あなたは何を根拠にそう思っていましたか?忙しさ、過去の経験、暗黙の基準……。臨床の判断には、自分でも気づかない先入観が混じっています。いったん立ち止まり、その「なんとなく」の正体を問うことが、患者さんへの見方を少し変えてくれます。
内省・関わり

病気になるのは、患者さんだけじゃない──家族もまた、当事者である

「しっかり治しましょう」と言いながら、複雑な気持ちになることがある。患者さんが大黒柱のとき、入院は家族全員の生活を一変させます。病気の「当事者」は患者さんだけではない——家族もまた当事者であるという気づきから、医療者として何を大切にすべきかを考えます。
内省・関わり

よい医療者であることに、疲れてしまうとき

ある日、暗い顔で疲れているようにみえる医療者を見かけました。わたし元気がなさそうだけど、何かあったの?医療者最近、仕事がしんどくて。何か理由があるというわけではないんですけど。話を聞くと、業務が忙しすぎるとか人間関係というわけではないけど、...
内省・関わり

チーム医療のなかで、セラピストは何をつないでいるのか

チーム医療の重要性については、もはや疑う余地のないものになっています。一方で、自分自身がチーム医療の一員として実際に貢献できていると感じる場面は、どれくらいあるでしょうか。今回は、各専門職が患者さんを中心に医療を提供し、質が高く安心できる介...
内省・関わり

プロフェッショナリズムとしてのEBM、その現実

みなさんは、臨床現場でEBMを実践していますか?根拠のない治療は実施しないようにしている。最新の治療を提供するために日々論文を読んでいる。患者さんの要望を聞きながら取り入れるようにしている。医学は科学的であるべきですから、根拠のある医療、つ...
内省・関わり

感情労働と医療のナラティブ──「感情を管理する」ことの意味を問う

「感情労働(emotional labour)」とは、労働者が、他者(顧客など)から観察可能な感情表出(表情や身体表現など)を自ら意図的に作り出すことを必要とする労働Hochschild AR: The managed heart: The...
内省・関わり

国家試験の日に、なりたいセラピストを考える——臨床を経験してきて感じること

今日は理学療法士・作業療法士の国家試験の日だったようですね。試験会場に向かう学生たちの様子がSNSでたくさんアップされていました。緊張や不安、そんな気持ちだったなとふと思い出しました。せっかくの機会ですので、セラピストになるということを国家...