「なぜもっと早く来なかったのだろう」
医療の現場にいると、そう感じることが多々あると思います。症状が出てからかなり時間が経っていたり、民間療法を試してから専門医を受診していたり。でもよく考えてみると、「病院に行く」という行動は、私たちが思っているよりずっと複雑な選択なのかもしれません。
医療人類学では、人々が自らの心身の不調を自覚したときにとる行動を「受療行動(illness behavior)」と呼びます。
受療行動とは何か
受療行動とは、「不調を感じた人が、その不調にどう対応するか」という一連の行動のことです。病院に行く、薬局で薬を買う、民間療法を試みる、家族に相談する、あるいは何もしないで様子を見る——これらすべてが受療行動の中に入ります。
重要なのことは、この行動が「症状の重さ」だけで決まるわけではないということです。同じ症状でも、すぐ医療機関を受診する人もいれば、何週間も様子を見る人もいる。その違いは、複雑に絡み合う複数の要素によって生まれていると言われています。
受療行動を決める4つの要素
飯田淳子・錦織宏(編)『医師・医学生のための人類学・社会学』(ナカニシヤ出版、2021年)では、受療行動を規定する要素として次の4つが挙げられています。
①患者の属性——社会経済的背景や、病気に関するこれまでの経験・信念のパターンです。医療費の負担が大きい環境では受診が後回しになりやすいですし、「この症状は年のせいだから仕方ない」という信念を持つ方は、それを「病気」として認識しにくい場合があります。
②治療者の属性——医師や医療機関の民族性・地域性・専門性、そして人間関係の広さなども影響します。地域によって治療者に抱いている印象や役割は異なっています。また、当然ではありますが医師の専門性などによっても受療行動を左右します。
③病気そのものの性質——病因や症状の種類・重症度です。痛みのような目に見えやすい症状は受診につながりやすい一方、倦怠感や気分の落ち込みのような症状は「受診するほどではない」と判断されやすい傾向があります。
④社会規範・諸制度——受療行動を支配している社会的な「あたりまえ」です。「男性は弱音を吐かない」「病院は最後の手段」といった文化的な規範や、医療保険制度の整備状況なども、受診の判断に深く関わります。
クラインマンの3セクターとのつながり
受療行動を考えるうえで欠かせないのが、アーサー・クラインマンの「3セクターモデル」です。クラインマンは、人々が医療を求める先を民間セクター(家族・友人への相談)、民俗セクター(伝統医療・宗教的治療者)、専門職セクター(西洋近代医学)の3つに整理しました。
受療行動の「どこに行くか」という選択は、この3つのセクターのどれを、どの順序で頼るか、という問題と直結しています。多くの場合、人々はまず民間セクター(家族の判断)から始め、専門職セクターあるいは民俗セクター(薬局・漢方・整体など)へと至ります。
臨床への接続
「なぜもっと早く来なかったのか」と感じたとき、受療行動という概念を通して見直すと一概にネガティブな要素だけではなくなるはずです。遅い受診は「無関心」や「無知」ではなく、その方の属性・信念・社会的文脈・制度的条件が絡み合った結果として理解できます。
「民間療法を続けていた」という事実も同様で、それはその方の受療行動の一部であり、否定するのではなく「なぜそれを選んだのか」を聴くことが、その方のLIFEを理解する入口になると感じています。
受療行動を知ることは、患者さんが病院の外でどのように生きているかを、文脈ごと理解しようとすることに近いのではないでしょうか。
参考文献
- 飯田淳子・錦織宏(編)(2021).『医師・医学生のための人類学・社会学』. ナカニシヤ出版.



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