診察室を出たあとで、言いたかったことが言えなかった、と感じることがあります。
あるいは、思いきって話したのに「よくあることですよ」と返されて、親身になってくれていないような気持ちになる。熱心に説明してもらったはずなのに、どこか噂み合わない感じが残る。
この記事は、医療との関わりのなかで、何らかの不安や不満を抱えている方に読んでいただけたらと思って書いています。
はじめにお伝えしておくと、私はリハビリテーションの専門職(理学療法士)であり、医師ではありません。ですから、診断や治療そのものについて述べる立場にはありません。ここで書くのは、医療の現場で広く共有されている一般的な考え方です。
そのうえで、医療者と患者さんのあいだですれ違いが起きる理由について、できるだけやさしい言葉で書きます。
医療者が見ているものと、本人が生きているもの
同じ病気を前にしていても、医療者と患者さんでは、見えているものが違います。
医療者が見ているのは、検査の数値、画像、診断名です。それは数えられるもので、他の人とも比べられます。医療人類学(医療を文化や社会から考える学問)では、これを疾患と呼びます。
一方、患者さんが生きているのは、痛みや、だるさや、不安です。できなくなったこと、家族に迷惑をかけているという思い、仕事がどうなるのかという心配。これらは数えられません。こちらは病いと呼ばれます。
どちらかが本物でどちらかが偽物、ということではありません。同じものの違う面です。
→ “病い”と”疾患”──Kleinmanの中心概念が教えてくれる、医療のすれ違いの構造
医療者は、どうしても「医療の言葉に置き換え」してしまう
医療者は、患者さんの言葉を聞きながら、それを医学の言葉に置き換えています。
「夜あまり眠れなくて」と聞けば、睡眠の状態や薬の影響を考える。「最近、家から出ていなくて」と聞けば、体力の低下や気分の落ち込みを思い浮かべる。
これは、不親切だからそうしているのではありません。そう考えられるように訓練されているからです。その置き換えができなければ、診断も治療もできません。医療者にとっては必要な能力なのです。
ただ、その置き換えがあまりに自然に行われると、本人が本当に言いたかったことが、こぼれ落ちてしまうことがあります。
「家から出ていない」理由は、体力ではなく、退院して体型が変わったことを人に見られたくないからかもしれません。けれどその部分は、医学の言葉に置き換えたときに残らないことがあります。
どちらが正しい、ということではない
もうひとつ、すれ違いの理由があります。立っている場所が違うということです。
医療者は、同じ病気の人を何十人、何百人と見ています。だから「よくあることですよ」という言葉は、経験にもとづいた、正確な説明です。つまり、安心してもらおうとして言っていることも多いとい思います。
でも、言われた側にとっては、一度きりの出来事です。自分の身に起きている、はじめてのことです。だから「よくあること」と言われると、軽く扱われたように感じてしまうことがあるかもしれません。
どちらの受け取り方も、間違ってはいません。見ている範囲が違うだけです。
そして、どちらの見方も必要です。疾患の見方がなければ治療はできません。病いの見方がなければ、その人にとって何が回復なのかが分かりません。つまり、お互いが疾患と病いの見方の違いを知っておいた方が良いということです。
自分のなかにあるものを、少し整理してみる
とはいえ、限られた診察の時間で、患者さん自身が思っていることを全部話すのは難しいと思います。
医療人類学者のクラインマンは、人が病気になったとき、自分のなかでこんなことを考えている、と整理しました。そのうちのいくつかを挙げてみます。
- 何が起こったのか
- どうして自分に起こったのか
- このまま何もしなかったら、自分はどうなるのか
- このことで、家族や周りの人にどんな影響があるか
こうしたことは、はっきり言葉になっていないことも多いものです。けれど、どれかひとつでも言葉にしておくと、伝えやすくなるかもしれません。
とくに最後のふたつは、医療者からは見えにくい部分です。仕事や家族のことは、聞かれなければ診察室では話題になりません。でも、それがいちばん気がかりなこともあります。
「今いちばん困っているのは、このことです」と一言添えるだけでも、医療者の見方は変わります。プライベートなことで話すべきではないと思うかもしれません。一方で、上記の点を踏まえての言葉は医療者に不足しやすい視点を与えてくれます。そこから少しでも患者さんの不安や不満を取り除くことにつながるかもしれません。
→ 説明モデル(Explanatory Model)──患者・医療者、それぞれの「病気の意味」
おわりに
すれ違いが完全になくなることは、おそらくありません。医療者は疾患の専門家で、患者さんは自分の病いの専門家です。立っている場所が違う以上、見えているものは違い続けます。
ただ、すれ違う理由が分かっていれば、受け取り方は少し変わるかもしれません。「分かってもらえない」ではなく、「この人には、ここまでしか見えていないのだな」と思えたとき、次に何を話せばいいかが見えてくることがあります。
医療者の側も、同じことを考えています。このブログは、もともとそのために書いてきた場所です。
→ 答えが出ないまま、一緒に考える——医療者も患者さんも、わからなさを抱えている
→ リハビリ中に、整体や鍼にも通っていること——言いにくいことを、言ってもいい
※ 本記事は、医療者と患者さんのあいだに起きるすれ違いについて、一般的な考え方をまとめたものです。ご自身の症状や治療については、必ず主治医にご相談ください。



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