質的研究に取り組むとき、多くの人がつまずくのが「データから、どうやって概念をつくるのか」という部分ではないでしょうか。インタビューで得られた膨大な語り。それをどう扱えば、独りよがりではない、根拠のある分析になるのか。
M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)には、その作業を支える道具があります。分析ワークシートです。今回は、この一枚の表について解説したいと思います。
分析ワークシートとは何か
分析ワークシートとは、M-GTAにおいてひとつの概念を生成するために使う、一概念につき一枚の作業表です。木下康仁が考案した、M-GTAの中核をなす仕組みです。
質的研究の多くは、データを細かく分断し、断片ごとにコードを付けていきます(切片化)。これに対してM-GTAは、語りの文脈や意味のまとまりを保ったまま概念をつくることを重視します。その「文脈を守りながら概念化する」作業を担うのが、この分析ワークシートです(木下, 2022)。
四つの欄
分析ワークシートは、おもに四つの欄で構成されています。
ひとつ目は概念名です。生成しようとしている概念につける名前です。
ふたつ目は定義です。その概念が何を指すのかを、簡潔な言葉で説明します。
みっつ目はヴァリエーション(具体例)です。データ(逐語録)の中から、その概念に当てはまる語りを抜き出して記載します。ここがワークシートの心臓部だと言えます。
よっつ目は理論的メモです。分析しながら考えたこと、疑問、他の概念との関連、判断に迷った点などを書き留めます。

なぜ「具体例」と「理論的メモ」が大切なのか
四つの欄のうち、特に大切なのが具体例と理論的メモです。
具体例の欄は、その概念がデータに根ざしていることを保証します。研究者が思いついた抽象的なアイデアではなく、実際の語りから立ち上がってきた概念であること——その証拠が、具体例として残されます。逆に言えば、具体例が十分に集まらない概念は、成立しないものとして判断されることになります。
理論的メモの欄は、分析者の思考の過程を可視化します。なぜこの概念名にしたのか、どこで迷ったのか。そうした記録が残ることで、後から分析の妥当性を検討する手がかりになります。
この二つの欄があることで、分析者は「自分の解釈に偏りがないか」をたえず確認しながら作業を進めることができます。
概念を孤立させない
分析ワークシートは、一枚で完結するものではありません。
ひとつの概念をつくる過程で、他の概念との関係や、対立する語り(対極例)にも目を向けていきます。理論的メモには、そうした概念どうしのつながりも書き留められます。やがて複数の概念が関連づけられ、カテゴリーへ、そして全体の理論へとまとまっていきます。
一枚の表が、語りと理論をつなぐ最小単位になっている——分析ワークシートは、そういう道具だと言えます。
おわりに
分析ワークシートの魅力は、研究者の解釈の過程を隠さず、すべて書き残すところにあると感じています。
何を概念とし、なぜそう判断したのか。その思考の足あとが一枚の表に刻まれることで、分析は「個人の主観」から「検討可能なプロセス」へと開かれていきます。質的研究の透明性を支える、地道で誠実な道具なのではないでしょうか。
→ 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)とは何か
→ 「理論的サンプリング」という言葉の正確な意味——M-GTAにおける比較と確認の論理
→ オープンコーディングと選択的コーディングとは——GTAの分析手順を整理する
参考文献
- 木下康仁(2022).「M-GTAとナラティヴ」.『ナラティヴとケア』第13号. 遠見書房.
- 木下康仁(2020).『定本 M-GTA——実践の理論化をめざす質的研究方法論』. 医学書院.



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