M-GTAの分析テーマはなぜ難しいのか——分析焦点者が支えてくれること

M-GTAの分析テーマはなぜ難しいのか——分析焦点者が支えてくれること 質的研究

卒業論文でM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)を使ったことがあります。本を読みながら、見よう見まねで進めました。

そのとき意外だったことがあります。分析焦点者を決めるのは、そんなに難しくなかったのです。難しかったのは、分析テーマのほうでした。

この感覚は自分の未熟さによるものだと思っていたのですが、木下康仁さんの『定本M-GTA』を読み返すと、そうとも言えないようです。

分析は、二つを決めることから始まる

分析を始める最初の作業は、分析テーマと分析焦点者の設定である。(木下, 2020, p.240)

M-GTAでは、データを読み始める前にこの二つを決めます。誰の経験として見るのか(分析焦点者)と、何を明らかにするのか(分析テーマ)です。

分析焦点者——誰の経験として見るか

木下さんが例に挙げているのは、在宅で妻を介護している夫を分析焦点者とした研究です。

分析焦点者の設定には条件を加えて限定化する場合がある。しかし、まずは中心となる定義で規定する。「妻の介護者」が、中心となる定義である。(p.240)

つまり、中心にある一言で決めてよいということです。条件を足して細かくするのは、必要が出てきたときでかまいません。ここで悩みすぎなくていい、というのが私の実感でもあります。

難しいのは、むしろ分析テーマのほう

そして、木下さんはこう書いています。

分析焦点者の設定よりも、明らかにすべき問いにあたる分析テーマの検討のほうが、グループでの活発な議論を必要とする。(p.240)

これを読んだとき、ほっとしました。分析テーマで手が止まるのは、ある意味で当然のことだったわけです。

二つのプロセスを分けて考える

では、なぜ分析テーマは難しいのか。木下さんの説明で腑に落ちたのは、ここでした。

分析テーマのプロセスは分析により最終的に明らかにするプロセス、つまり、結果として生成される理論を指すのに対して、その研究が現象面で取り上げるもう1つのプロセスがあることをはっきりと確認しなくてはならない。(p.241)

プロセスが二つある、というのです。言い換えると、こうなります。

  • 現象面のプロセス——その研究が、どこからどこまでを見るのか
  • 分析テーマのプロセス——その範囲のなかで、何が起きているのかを明らかにする

さきほどの「妻の介護者」の研究で考えてみます。

協力してくれる人の生活は、研究が始まるずっと前から続いています。そして調査が終わったあとも、同じように続いていきます。その全部を研究で扱うことはできません。

だから、「妻を介護するようになってから」という一区間を切り取る。これが現象面のプロセスです。そして、その区間のなかで「夫はどのように介護していくのか」を明らかにしようとする。これが分析テーマのプロセスです。

分析焦点者・現象面のプロセス・分析テーマのプロセス分析焦点者誰の経験として見るか例:「妻の介護者」その人の生活は、研究が始まる前から続いていて、調査が終わったあとも続く現象面のプロセスどこからどこまでを見るか(選定基準・除外基準にあたる)分析テーマのプロセスその範囲のなかで、何を明らかにするか行き来しながら両方が定まる分析テーマは現象面の外にある別物ではなく、切り取った範囲の「なか」にあります。木下康仁『定本M-GTA』 pp.240-242 の記述をもとに作成

私が分析テーマで苦しんだのは、この二つを分けていなかったからだと思います。どこからどこまでを見るのかを決めないまま、何を明らかにするのかだけを考えていた。見る範囲が決まっていないのに、明らかにしたいことだけが定まるはずもありません。

絞り込むほうが、考えやすくなる

分析テーマだけを一生懸命考えるあまり、例えば、あいまいさを指摘されたり、問いはどこにあるのか、何を知りたいのかと問われたりすると、何をどうしたら明確にできるのかがわからなくなることがある。(p.241-242)

身に覚えがあります。そして木下さんは、現象面のプロセスを絞り込むことで、探求できることが見えてくる、と続けます。

おもしろいのは、その現象面がどこに書かれているか、という指摘です。

修士論文や博士論文の研究計画には、調査対象者(協力者)の選定基準や除外基準が記載されているが、通常、この部分が現象面のプロセスにあたる。(p.242)

選定基準や除外基準は、事務的に書く欄だと思っていました。でもそこにこそ、この研究が何を現象として切り取ったのかが書かれている。木下さんは、条件を設定した狙いが十分に理解されていないことが多いとも書いています。

そして、二つの関係はこう説明されます。

分析テーマの明確化のためには現象面で取り上げるプロセスの確認が有効で、逆に分析テーマを検討することで現象面をも明確化できるという相互規定的な関係をもっている。(p.242)

現象面を決めてから分析テーマを考える、という一方通行ではありません。分析テーマを考えることで、自分が何を現象として切り取ろうとしていたのかも、はっきりしてきます。行き来しながら、両方が定まっていくということだと思います。

分析焦点者が、広がりを抑えてくれる

ここまで整理して、分析焦点者のありがたさがわかりました。

分析を進めていると、データの中にはいろいろなものが見えてきます。家族のこと、職場のこと、お金のこと。どれもおもしろく思えてきて、どこまで広げればいいのか分からなくなる。

そのとき、分析焦点者という軸があることで、理論を形成するときの広がりを抑えることができます。「これは『妻の介護者』として見たときに意味を持つか」と戻ってこられる。感心したのを覚えています。

表現は、短く、平易に

最後に、分析テーマの書き方についてです。

分析テーマの表現方法は〔…〕平易な表現とし、問いとして限定しすぎないようオープンな設定とする。〔…〕最初は必ず「○○のプロセスに関する研究」とし、短文を心がける。(p.242)

凝った表現にしたくなるところですが、まずは型にはめてよい、ということです。そして木下さんは、しっくりくるものになったとき「データが目に飛び込んでくるような感じになった」という感想が語られる、とも書いています。

その感覚はまだ分かりません。ただ、分析テーマが決まらないうちにデータを読んでも進まなかったことだけは、よく覚えています。

→ 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)とは何か──語りの文脈を守りながら、理論を生み出す質的研究法
→ M-GTAの分析ワークシートとは——語りを概念にする一枚の表
→ 質的研究をはじめるとき、何から考えるか——記事の道案内


参考文献:木下康仁(2020).『定本 M-GTA——実践の理論化をめざす質的研究方法論』. 医学書院.(第8章 8-5「分析を始める:分析テーマと分析焦点者」pp.240-242)

※ 本記事には、筆者自身の経験にもとづく感想と私見を含みます。

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