質的研究

質的研究の妥当性、どう示せばいいのか——トライアンギュレーションと厚い記述という考え方

質的研究を進めるうえで悩ましい「妥当性をどう示すか」という問題。医療領域で特に強く問われるこの課題に対し、トライアンギュレーションと厚い記述という2つのアプローチをわかりやすく解説します。
内省・関わり

患者さんの言葉の背景を知ること——私たちは何色の虫メガネで聴いているか

医療者はいつの間にか「医療色の虫メガネ」をかけて患者さんを見ています。尾藤誠司先生の「医師アタマ」とKleinmanの「説明モデル」から、患者さんの言葉の背景を聴くことの意味を考えます。
質的研究

「理論的サンプリング」という言葉の正確な意味——M-GTAにおける比較と確認の論理

M-GTAにおける「理論的サンプリング」の意味を正確に整理します。ランダムサンプリングとは異なるこの概念の本質と、オリジナルGTAからM-GTAへの再規定の経緯、「方法論的限定」という発想を解説します。
読書メモ

「リハビリテーション」という言葉が本来意味するもの——読書メモ

毎日口にしている「リハビリテーション」という言葉の語源と、上田敏先生が1969年に提唱した「全人間的復権」という定義を辿りながら、日本のリハビリテーションの歴史と臨床の本質を考えます。
ナラティブ・語り

「待っているに違いない」——ペットが入院患者さんに持つ意味を考える

入院リハビリ中、いつも「早く会いたい」と語る患者さんがいました。ベッドサイドの写真、語られるエピソード、そして「待っているに違いない」という言葉。ペットは単なる癒しではなく、入院という断絶の中で「日常の自分」をつなぐ存在なのかもしれません。
内省・関わり

無症状という難しさ——「痛くないのに、なぜ?」と言われたとき

骨折後の患者さんに「痛くないのに、なぜ松葉杖を使わないといけないの?」と言われたとき、うまく答えられなかった経験があります。この問いを、クラインマンのillnessとdiseaseという概念から考えてみます。
内省・関わり

あの患者さん、今どうしているだろう

急性期病院で働いていたころ、退院した患者さんのその後が気になることがありました。「あの人、今どうしているだろう」——その問いは、医療者としての関わりを振り返るきっかけになります。
文化・医療人類学

「わかっているけど、できない」——食事療法と、食べることの意味

「わかってはいるんですけど、なかなか……」——糖尿病の食事療法をめぐる患者さんのこの言葉は、怠慢ではないかもしれません。バフチーンの「世界との出会い」としての食と、浮ヶ谷幸代のセルフ・コントロール批判から、食事療法の社会的・文化的な複雑さを考えます。
ナラティブ・語り

「昨日より、良くなっていますよ」——看護師の言葉が届いたとき

親族の入院中、看護師さんから「昨日と比べて、良くなっていますよ」と声をかけてもらった。医療者としてまだ油断できない状況だとわかっていても、その言葉で安心した。「現在地」ではなく「方向性」の語りが、なぜ安心をもたらすのか——フランクの回復の物語(restitution narrative)から考えます。
内省・関わり

「また来てしまいました」——再入院という経験

「また来てしまいました」——退院後に病棟へ戻ってきた患者さんの、申し訳なさそうな表情が残っています。再入院を「失敗」として見る視点は、患者さんが戻らざるを得なかった理由をこぼしてしまうのではないか。ライミナリティ(liminality)の概念から、再入院という経験を考えます。